スキーマ療法の活用例として、学会誌「認知療法学会」第8巻2号(2015)に掲載された、講師大島郁葉先生の論文の一部をここに紹介します。

 

 

複合的な心的外傷体験を主訴とする高機能自閉スペクトラム症の成人に対して認知行動療法およびスキーマ療法を導入した事例

大島 郁葉 , 杉山 崇 , 久保田 裕 , 清水 栄司

認知療法研究 Japanese journal of cognitive therapy 8(2), 280-290, 2015-07

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ASDへのスキーマ療法の活用

成人のASDは人口の1%にみられる有病率の高い疾患である(McManus et al., 2007).しかし,知的な障害のない高機能群の場合には成人期まで診断が見過ごされることが少なくない(大島・清水,2010).このような場合,対人コミュニケーションの問題や,仕事や日々の課題を順序立ててこなす遂行機能などの中核的な障害特性から社会的な軋轢を持つことが多く,対人的な傷つきや自己否定感を持っている(Gaus2007;大島・清水,2010).このように成人のASDの特徴は,未診断である場合には特に慢性的な社会不適応から二次障害を併発しやすいこと,さらに対人的傷つきや自己否定感のあることが想定される.これらの特徴によって成人のASDは幼少期から心的外傷体験を積み重ねやすく,その結果,もともとの対人コミュニケーションや遂行機能の問題をさらに悪化させる可能性がある.この悪循環が続くことで,ひきこもりや自殺関連行動へのリスクが高まる(Storch, et al., 2013 ). さらに,その社会的な軋轢は記憶に留まりやすく,「タイムスリップ現象」というフラッシュバックが起こりやすいことが指摘されている(Sugiyama,2013).タイムスリップ現象の特徴として,高い知的能力があるが精神的に不安定でこれまで不適応だった自閉症患者に起こりやすく,その時の感情体験がトリガーとなって同様の感情体験を思い出し,その出来事が今起こっているかのように感じる. また,ASDの特徴のひとつとして1歳以前の乳幼児期より視覚的注意の特異性があることが知られている(Lai, et al., 2014).視覚的注意の特異性からASD患者は視覚的な記憶が貼りつきやすく,それが外傷体験の記憶ともなると,定型発達の人々よりもより一層,取れにくいことが推測される.したがって成人のASD患者は幼児期の患者に比べ,外傷的体験のケアが大きな課題であることが分かる.

そのような現状があるいっぽうで,成人のASDの診断・治療を専門とする医療機関、相談機関は極めて乏しい.成人の場合は慢性的な不適応,不安・うつなどを訴えて来談する場合が多く,対症療法がおこなわれるも,背景にあるASD特性が見逃されている.さらに,ASD特性への本人および周囲の理解がない場合は、状況が改善しにくい.このような事例を多数,我々はこれまでの臨床現場で経験した.

スキーマ療法とはCBTをも内包する統合的な心理療法である(Young, 2003).スキーマ療法はパーソナリティ障害やPTSDなどの複雑な疾病に対しての治療効果が得られている(Hawk,& Provencher, 2012Cockram, 2010; Giesen et al., 2006).スキーマ療法では,生得的特徴や幼少期の体験により構成された過度に一般化した認知体系である「早期不適応的スキーマ(以下,スキーマ)」を変容させ,環境に対する過剰で不適応的な反応形態を変化させることを治療目的としている.ASDもパーソナリティ障害も,現状において自己や他者への認知が特殊であり(ASDは生得的な特徴から,パーソナリティ障害は心的外傷的体験によって),さらに不適応的な対処を行うことでより心的外傷体験を新たに生み出すという共通点があると我々は考えた.我々が一般成人のASD傾向とスキーマの関連性を調べたところ, ASD傾向の成人は,ASDの障害特性よりも,スキーマのほうがより強くメンタルヘルスに影響することが明らかになった.(Oshima et al., 2014(1).また,成人のASD患者に特徴的なスキーマとしては「情緒的剥奪スキーマ」,「自制と自立の欠如スキーマ」,「損害や疾病に対する脆弱性スキーマ」,があることが明らかとなった(Oshima et al., in submission(2).これらの知見から,スキーマ療法の概念は,成人のASD患者の治療に援用できると考えた.というのも成人のASD患者は障害特性に対する非機能的な対処方略としてスキーマを保持していることに加え,社会的軋轢からできた信念体型も同様にスキーマとして捉えられるからである.

本稿では成人のASD患者の治療に対する課題やスキーマ療法への可能性を踏まえ,20代のASD患者に対して,ASDの障害特性の理解や対処,さらには心的外傷体験の回復までを,認知行動療法(Cognitive Behavior Therapy; CBT)およびスキーマ療法を通して行った事例を報告し,成人のASD患者に対するCBTおよびスキーマ療法の意義を考察する.本事例は本人の同意を得,倫理上の理由により変更を加えた.